大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和37年(ワ)39号 判決 1964年6月19日

原告 麻生平胤

右訴訟代理人弁護士 牛島定

被告 小出増雄

右訴訟代理人弁護士 関一二

被告 鶴岡卓爾

右訴訟代理人弁護士 関一二

同 田口二郎

主文

一、被告等は、連帯して、原告に対し、金一〇五、〇〇〇円及び之に対する昭和三七年二月二四日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払はなければならない。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、之を五分し、その四を原告の負担、その余を被告等の連帯負担とする。

四、この判決は、原告に於て、被告等に対する共同の担保として、金五〇、〇〇〇円を供託するときは、第一項について、仮に、之を執行することが出来る。

事実

≪省略≫

理由

一、原告は、被告等は、共謀の上、原告が、その主張の所為を為したと云ふ理由を以て、原告主張の日に、原告を、詐欺罪で告訴したのであるが、原告は、被告等の告訴に係る様な所為は、全然、之を為して居ないものであるから、右告訴は、誣告であり、従つて、被告等の右所為は、共同不法行為を構成するものであると主張して居るので、審按するに、

(1)  右告訴が何人によつて為されたかの点は、之を暫く置き(この点については後にその判断を為す)、原告主張の日に、原告主張の理由を以て、原告が詐欺罪で告訴されたことは、弁論の全趣旨に照し、当事者間に争のないところであると認められるので、先づ、右告訴に係る様な所為を原告が為したか否かについて、審按するに、

(イ)  原告が、訴外木下世美子の代理人として、被告小出と、原告主張の日に、同訴外人の所有に係る市原郡市原町辰已台西五丁目六番の一の土地(以下、六の一の土地と云ふ)(宅地一五〇坪)を、一坪について金二三、〇〇〇円の割合による代金三、四五〇、〇〇〇円で売渡す旨の契約を締結し、手附金として、金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは、当事者間に争がなく、

(ロ)  而して、≪証拠省略≫を綜合すると、被告小出及び同鶴岡は、共に、不動産業者であるところ、他の同業者と共に、十数名で、法人でない団体である十日会なる会を組織し(但し、後に至つて、株式会社組織と為した)、被告小出が会長(内部関係に於ける代表者)となつて、不動産業を経営し、被告小出名義(外部関係に於ける右会の名義人)を以て、不動産の取引を為し、前記土地は、右会の会員全員の合意によつて、その買受を為すことを決定し、それと共に、右買受は、被告小出個人の名義を以て、その売買契約を締結すること及びその契約の締結は、その会員である訴外茂手木喜治に於て、右被告小出の名義を以て、之を為すことを決定し、之に基いて、右訴外人が、被告小出の名義を以て、前記訴外木下世美子の代理人である原告と前記売買契約を締結したものであることが認められるので、右売買に於ける実質上の買主は、右十日会であると云はざるを得ないものであり、

(ハ)  而して、≪証拠省略≫を綜合すると、右十日会が前記六の一の土地の買受を為すについては、その全員が、右土地は、真実は、別紙見取図にB土地と図示してある部分の土地であるに拘らず、この事実を認識することなくして、右土地は、右部分の土地とは異なるところの、辰已台の訴外日本冷蔵株式会社建設予定地(右見取図に右訴外会社建設予定地と図示してある部分の土地)の筋向の角の土地(右見取図にA土地と図示してある部分の土地)(この土地は辰已台西一丁目二番の三の土地で、西五丁目六番の一とは異なる土地である)であると誤信し、この誤信に基いて、右六の一の土地を買受ける旨の決定を為し、右訴外茂手木は、之に基いて、前記買受の契約を締結するに至つたものであることが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はないのであるから、買主は、錯誤によつて、前記六の一の土地が前記訴外会社建設予定地の筋向の角の土地(前記A土地)であると誤信して、その買受を為したものであると云はざるを得ないものであり、

(ニ)  而して、≪証拠省略≫を綜合すると、買主である前記十日会は、その会員である被告鶴岡と訴外近藤房吉両名の申出によつて、前記買受の決定を為すに至つたものであるところ、右申出を為した右両名は、前記六の一の土地は、前記訴外会社建設予定地の筋向の角の土地(前記A土地)であると誤信して居たものであつて、而も、それが誤信であることを認識しないままで、前記申出を為し、一方、他の会員全員は、右両名を信用して居たので、それが誤信であることに気付かず、右両名の申出たところに間違はないものと信じ、右両名の申出をそのまま承認した為め、前記の様に誤信するに至つたものであることが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はなく、

(ホ)  而して、右被告鶴岡及び訴外近藤の両名が、前記の様に誤信するに至つたのは、以下に認定の事情によるものであることが認められる、即ち、≪証拠省略≫を綜合すると、辰已団地には、将来、小湊鉄道が敷設されて、駅が設置されることになつて居り、そして、前記訴外会社建設予定地の前通り(別紙見取図々示の位置にある道路)は、将来駅前通りとなる見込みであつて、被告鶴岡や前記十日会の会員等はこのことを当時既に知つて居たこと、而して、被告鶴岡は、昭和三六年九月初頃、訴外根本忠に対し、右駅前通りとなる道路に面した土地で売物があれば買受けたいから若しあつたら心配して貰ひ度い旨の依頼を為し、一方、原告は、前記六の一の土地の所有権者である前記訴外木下から、右土地の売却方を依頼されたので、その売却方の斡旋を訴外三橋甚一に依頼し、同訴外人は、他から売却方の依頼を受けて居た辰已団地の他の土地三筆を併せ、四筆の土地の売却斡旋方を訴外福沢菊一に依頼し、同訴外人から、更に、訴外中山勇を通じて、訴外根本忠にその依頼が為されたので、同訴外根本は、被告鶴岡から前記依頼を受けた後、間もなく、駅前通りに売地がある旨及び価格等を同被告に伝へたところ、同被告から、図面の持参方を求められたので、右訴外根本は、右訴外中山を通じて、右訴外福沢に図面の借用方を申入れ、同訴外人は、訴外並木不動産から入手した辰已団地西五丁目の公図の写に前記四筆の土地をマジツクインキで印をつけた上(前顕甲第三号証の原本)、之を右訴外根本に渡し、同訴外人は、之を右被告鶴岡に手交したこと、而して、同被告は、右訴外根本に依頼した土地が駅前通りの土地であつたので、右訴外根本の言とその値段等によつて、前記六の一の土地が即ち駅前通りにある土地であると即断したこと、而して、辰已団地の西五丁目及び西一丁目その他は、その頃、既に、その造成が完了し、地割、区画及び地番の設定も為されて居たので、右公図の写によつて、前記六の一の土地の位置を検討し、之によつて、現地と照合すれば、同土地の位置はたやすく判明し、之によつて、右土地が別紙見取図々示の位置にあるB土地であつて、同図々示の位置にあるA土地でないことを認識し得た筈であつたに拘らず、右被告鶴岡は、之を為さないで、その後、間もなく、前記辰已団地の事情に比較的明るい前記十日会の会員である前記訴外近藤房吉及び自己の事務員である訴外須田てる子を伴ひ、且、千葉県発行の右辰已団地の案内図(前顕甲第九号証の辰已団地図と同一のものであると認められる、この地図によつては、地番による土地の確認は出来難いものであると認められる)を持参したのみで、売主側の現地を知る者に案内をさせることなどは為さないで、現地の見分に出かけたのであるが、右六の一の土地を確認することが出来なかつたので、右辰已団地内にあつて、その管理を為して居る辰已団地事務所に赴き、その職員に右六の一の土地の位置を尋ねたところ、その職員が、前記A土地の方向を指し示したので、前記の通り、その土地が駅前通りの土地であると思ひ込んで居た被告鶴岡は、之によつて、右六の一の土地は、右A土地であると信ずるに至り、又、被告鶴岡の言によつて、右六の一の土地が、駅前通りの土地であると信じて居た同行の右訴外近藤も亦それによつて、右被告と同様に信ずるに至つたこと、かくて、右被告鶴岡及び訴外近藤の両名は、共に、右六の一の土地が前記B土地であることを認識せずして、それが右A土地であると誤信するに至つたものであることが認められ、証人近藤房吉、同茂手木喜治、同須田てる子、同根本忠、同宮崎君夫の証言並に被告本人鶴岡卓爾の供述及び甲第一二乃至第一四号証、同第一八号証の各供述記載中、以上に認定の趣旨に反する部分は措信し難く、又、成立に争のない甲第五号証の一、二(被告鶴岡から前記訴外根本宛の葉書)は、被告鶴岡が前記誤信に基いて、その発信を為したものと認められるので、その存在することは、以上の認定を為す妨げとはならず、他に、以上の認定を動かすに足りる証拠はなく、

(ヘ)  而して、右に認定の事実によつて、之を観ると、右被告鶴岡及び訴外近藤の両名は、共に、自己の過失によつて、前記の様に誤信するに至つたものであると云はざるを得ないものであり、而して、その余の十日会の会員等は、前記の通り、何等の調査をも為すことなくして(右六の一の土地が、右A土地ではなくして、前記B土地であることは、前記の通り、簡単な調査によつて、之を認識し得た筈のものである)、右両名の申出をそのまま信じ、之によつて、前記の様に誤信するに至つたものであるから、実質上の買主である前記十日会の会員は、孰れも、自らの過失によつて、前記の様に誤信するに至つたものであると云ふ外はないものであり、

(ト)  而も、原告が、被告鶴岡若くはその他の十日会の会員に対し、欺罔行為を為したと認めるに足りる証拠はないのであるから、原告が、被告等を欺いて、前記売買契約を締結せしめた事実のあることは、之を否定せざるを得ないものであり、

(チ)  従つて、原告が、前記告訴の理由となつて居る様な所為を為した事実はなかつたものであると判定せざるを得ないものであり、

(2)  然るに拘らず、前記告訴は、原告が、右の様な所為を為したものとして、為されたものであるから、右告訴は、誣告であると云はざるを得ないものであり、従つて、それが不法行為となることは論を俟たないところであり、

(3)  然らば、右告訴は、何人が之を為したものであるかについて、按ずるに、≪証拠省略≫を綜合すると、その後、前記六の一の土地の実質上の買主である前記十日会の会員等は、右六の一の土地が前記A土地であることは、誤りであつて、実際は、その土地は前記B土地であることを知つて、驚くと共に、その善後措置を講ずる為めに、原告と交渉を為すに至つたのであるが、右会員等に右土地の買受方を申出た被告鶴岡及び前記訴外近藤の両名は、右交渉を不要であるとし、自己等が前記の様に錯誤に陥つたのは、原告の所為によるものであつて、原告は、右両名及びその余の右会員等を欺いて、前記売買契約を締結させ、よつて、前記手附金一、〇〇〇、〇〇〇円を騙取したものであるから、その所為は詐欺罪を構成するとなし、被告小出を除くその余の有力会員数名に対し、原告を詐欺罪で告訴することを申出で、その同意を得たので、その会員等と相謀つた上、右十日会の会長である被告小出の名義を以て、原告を詐欺罪で告訴することを決定し、被告小出に対し、同被告名義で、原告を告訴することの許諾を求めたところ、その許諾を得ることが出来たので、被告小出の名義を以て、原告を詐欺罪で告訴するに至つたことが認められ、証人茂手木喜治、≪中略≫の各証言中、以上に認定の趣旨に抵触する部分は措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はなく、而して、以上に認定の事実によつて、之を観ると、右告訴の意思を決定し、且、その実行を為したものは、被告鶴岡と被告小出を除くその余の数名のものであると認められるので、前記告訴を為したものは、被告鶴岡及び被告小出を除くその余の数名の者であると云ふべく、而して、被告小出は、右告訴の意思決定には参加して居ないことが明かであるから、その共謀者であるとは為し難いのであるが、その告訴の実行を為すに当り、自己の名義を以て、それを為すことを許諾したものであるから、右告訴の実行行為に於て、被告鶴岡等の行為に加工したものであると云ふべく、従つて、被告小出も亦共同行為者であると云はざるを得ないものであり、而して、前記認定の事実と右に認定の事実とを綜合すると、少くとも、被告鶴岡は、原告に詐欺の所為のなかつたことを了知して居たものであると認めるのが相当であると認められるので、同被告は、故意に前記誣告を為したものであると云ふべく、又、被告小出は、原告に詐欺の所為があるか否かについて、事実の有無を調査した形跡は、証拠上、全くないのであるから、被告鶴岡の行為に加工するについて、過失があつたものであると認めざるを得ないものであり、然る以上、前記誣告は、被告鶴岡は故意を以て、被告小出は過失によつて、共同して、之を為したものであると判定する外はないものであり、

(4)  而して、故意又は過失によつて他人を誣告することが不法行為となることは、多言を要しないところであるから、被告等の所為は、共同不法行為を構成するものであると断ぜざるを得ないものである。

二、原告は、更に、被告鶴岡は、同業者に対し、原告が詐欺を働いた旨の虚偽の事実を吹聴し、又、之を理由として、原告を詐欺罪で告訴した旨を吹聴したと主張して居るのであるが、これ等の事実を認めるに足りる証拠はないのであるから、右各事実のあることは、之を認めるに由ないところである。

三、而して、原告が、不動産業者であること、及び前記誣告を為されたことによつて、捜査官の取調を受け、又、原告が被告等によつて詐欺罪で告訴されたと云ふ噂が業者間に伝はり、これ等によつて、原告の名誉が毀損され、且、営業上、支障が生じたことは、原告本人の供述によつて、之を認定することが出来るので、之によつて、原告が精神上の苦痛を蒙つたことは、多言を要しないものであるところ、被告等が、共同して、前記誣告行為を為した共同不法行為者であることは、前記認定の通りであつて、共同して、不法行為を為したものが、被害者に対し、連帯して、その損害の賠償を為すべき義務を負ふものであることは、法の明定するところであるから、被告等は、連帯して、原告に対し、慰藉料の支払を為すべき義務があるものである。

四、仍て、慰藉料の額について、按ずるに、前記認定の、原告が、誣告によつて、捜査官の取調を受けた事実のあること、詐欺罪によつて、告訴された噂が業者間に広まつた事実のあること、及びそれによつて、原告の名誉が毀損せられ、不動産業者としての信用が下落し、業務上、支障が生ずるに至つたと認められること、併しながら、捜査官に取調を受けても、勾留されたり、新聞などによる報道をされたりした事実は認められず、従つて、一般人に誤解される危険はなかつたこと、又、噂は通常短日月の内に消滅し去るもので、精神的苦痛も一時的なものであること等の事情もあること、及び本件に現われた証拠によつて認められるところのその他の諸事情を綜合して、考察すると、原告が、被告等の所為によつて蒙つた精神上の苦痛は、左程大なるものではないと認められるので、その慰藉料の額は金一五〇、〇〇〇円と算定するのが相当であると認定する。

五、併しながら、前記売買契約締結に際し、売主の代理人である原告が、買主側の者を現地に案内して、実地について、土地を指示特定しなかつたことは、証拠上、明白なところであつて、これは、不動産業者としては、一の過失であつて、若し、原告が、買主側の者を現地に案内し、実地について、その見分を為さしめたならば、前記認定の様な錯誤は生ぜず、従つて、前記告訴も為されるに至らなかつたであらうと認められるので、原告の右過失は、被告等が前記所為に出たことに対し、因果関係があると認めるのが相当であると云ひ得るから、原告に於ても亦右損害について、責任を負はなければならないものであると云ふべく、而して、その責任負担の割合は、右事情のあることに照し、十分の三程度と認定するのが相当であると認められるので、被告等の負担すべき責任の割合は、十分の七であり、従つて、被告等に於て、連帯して、支払を為すべき責任のある額は金一〇五、〇〇〇円である。

六、而して、本件訴状が被告等に送達された日の翌日が昭和三十七年二月二四日であることは、当裁判所に顕著な事実であるから、原告の本訴請求は、被告等に対し、右慰藉料金一〇五、〇〇〇円及び之に対する右の日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の支払を命ずる判決を求める限度に於て、正当であるが、その余はその支払を求め得ないから、その余の部分の請求は、失当である。

七、仍て、右正当なる限度に於て、原告の請求を認容し、その余は、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を各適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例